【元大学職員の経験談 Part.2】:公務員気質? 国立大学の職場に見る「一線引かれた」やさしさの正体

2025年11月26日水曜日

元大学職員経験談 国立大学

前回のPart.1では、私立大学の職場が厳格な序列を持ちつつも、情に厚い「見守る優しさ」があったことをご紹介しました。

しかし、「大学職員」という同じ括りでありながら、私が勤務した国立大学の雰囲気は全くの別物でした。

一見すると、国立大学の職員たちは穏やかで優しい雰囲気を持っています。しかし、その裏側には、誰もが自身の業務範囲を重んじ、互いの領域に深入りしないという、「公務員体質」とも言えるドライな個人主義が存在していました。

今回は、私が国立大学で体験した、表面上の優しさに隠された「助け合いが不足した職場環境の実情」について詳しくお話しします。



📝 各職場の環境と業務について

私は国立大学で複数の部署に派遣職員や非常勤事務員として勤務しました。

駐車場の手続き(短期派遣)

  • 体制と業務: 派遣職員2名で、学生担当と教員担当に分かれて手続きを行いました。

  • 勤務環境とサポート体制: 勤務場所は自習室で、職員がいる部屋とは離れていました。正規職員が様子を見にくることはなく、わからないことがあれば、こちらから聞きに行くという体制でした。

  • 主体的な取り組み: 業務は口頭で簡単に説明を受けたのみだったため、自主的にマニュアルを作成し、契約終了時に職員に引き継ぎました。これが評価ポイントとなり、今後の大学での仕事へと繋がっていきました。

教育プロジェクト担当

  • ゼロからの事務局立ち上げ:文部科学省の教育プロジェクトに採択され、事務局をゼロから立ち上げるところから始まりました。専用の個室は用意されたものの、専任教員が着任するまで時間がかかり、事務担当は私一人。前任者もいないため、何から何まで手探りでした。

    最初の仕事は自分の事務机やPC、文具の購入手続き、つまりプロジェクトに必要な「環境」をゼロから整えることだったのです。事務手続きはもちろん、部屋の環境整備(掃除)から来客時のお茶出し、会議の準備まで、事務局運営に関わる全てを一人で担当していました。

    その上、主担当の教員からの根回しが不十分だったため、大学の事務職員からは「余計な仕事をもってきて」というような非協力的な態度を取られることもあり、人間関係の面でもやりにくさを抱えていました。

  • 体制の変化と負担増: 外部資金の終了と専任教員の退職により、プロジェクト専用室の運営体制は私一人に縮小しました。一時的にパート職員が増員された時期もありましたが、予算の都合で短期間での雇用に留まりました。

    主担当教員が専門的な学生相談を担う一方で、私は日常の事務業務のすべてを一手に引き受けただけでなく、教員の代わりに学生からの相談対応を行うことも増えました


  • 業務と健康被害: 学生が来室して交流する機会も多く、研究の話を聞いたり、悩み事の相談に乗ったりと楽しい時間もありましたが、仕事は激務でした。部屋には私1人しかいない時間が長く、電話や対面での苦情対応も一手に引き受けていました。この激務により、体調を崩してしまいました。

  • 契約の不安定さ: 国立大学の非正規職員は、年度ごとの「予算」にそのキャリアが大きく左右されます。私の場合は、予算の都合で退職と再採用を何度か繰り返しましたし、同じ部署にいても予算に合わせて勤務日数や時間が変更になることも日常茶飯事でした。

教職担当

  • 初期と孤立: 教育プロジェクトと掛け持ちしつつ、立ち上げ間もない教職専用の個室で勤務を始めました。職場は事務員1名しかおらず、誰にも相談できない環境でした。仕事の指示もほとんどなく、自分で仕事を探さなければなりませんでした。

  • 本部棟での勤務: 年度替わりで教職業務に専念することになりました。教職部署のメイン機能は大学本部棟にありました。本部で退職者が出たため、私がその後任として本部棟で勤務することになりました。ここは大きなフロアで様々な部署の方が働く初めての大部屋でした。人間関係は複雑で派閥もあったようですが、私はどこにも属さず、中立的な立場で過ごしていました。

  • 引継ぎの困難さ: 正規職員は人事異動で定期的に入れ替わるため、詳しい人がいません。引継ぎ資料もざっくりとしたものしかなく、PCのデータと書類のファイルを参考に、頭を悩ませながら仕事を進めていました。

  • 高度な専門性と負担: 教員免許関連の法律複雑な単位算出方法など、高度な専門知識が必須でした。そのすべてが学生の将来に関わる責任重大な業務であり、学生からの相談一つに対しても、慎重に、かつ正確に回答する必要があり、精神的な負担は計り知れませんでした

    さらに、法改正に伴う大量の業務が重なり、多忙を極めました。その結果、体調を崩し微熱が続くようになり、やむを得ず退職を選択しました。


教務担当

  • 職場環境:勤務先は「●●学部の事務室」と呼ばれる場所でした。ここは大学生が最もお世話になる事務窓口であり、学部の運営に必要な部署(教務、総務、会計など)が一つの部屋に集約されていました。

  • 業務内容:こちらでの主な役割は、正規職員の事務補佐でした。具体的には、入試業務の補助、教員免許の一括申請に必要な証明書の作成、非常勤講師の給与支給手続きの補助など、多岐にわたる業務をサポートしました。この時期は、私が主体で動く機会は少なかったです。

    実は、微熱が続いていたため、年度末の契約満了をもって退職したい意向を事前に伝えていました。そのため、契約期間が終了したタイミングで、予定通り退職となりました。

再度のプロジェクト勤務と療養退職

  • 職場復帰そして引退へ:教務担当を離れた後、以前所属していた教育プロジェクト事務局で、主担当教員の定年退職に伴う業務引継ぎが必要な状況となりました。体調は完全に回復していませんでしたが、私にとって大切なプロジェクトだったため、再度、教育プロジェクト担当として勤務することになったのです。

    引継ぎの業務が一段落した頃、ついに身体が悲鳴を上げ、私は狭心症を発症し、手術を受けました。手術後も体調が優れなかったため、長期的な療養に専念すべく、契約満了となる年度末のタイミングで退職いたしました。

🥶 国立大学の「冷たい優しさ」の正体

国立大学の職員たちは、物腰がやわらかで、穏やかな人が多い印象を受けました。
また、家庭の事情で有給休暇を取得している方も多く見られ、職員のライフスタイルに理解のある職場だったとも言えます。

しかし、この優しさには裏腹の側面がありました。

  • 指導の欠如(「ものが言えない」文化): 優しい態度は、裏を返せば「人にはっきりとものが言えない」ということに繋がり、結果として指導や指摘ができないという職場の文化を生んでいました。

    また、表向きは容認しても、陰では文句を言っているという裏表がある側面もあり、さらには「相手が苦手だから連絡しない」という非協力的な行動がまかり通ってしまうような状況でした。

    その結果、断れない性格の人ほど仕事を押し付けられる傾向がありましたが、上司がそれに対して厳しく対応してくれることはありませんでした。中には声を荒げて怒る人もいましたが、それは不安からくる八つ当たりのようなもので、私立大学のときのような「厳しくも優しい指導」とは全く性質が異なっていました。


  • 表面上の気遣いと行動の乖離(かいり): 私は、ただ見ているだけの環境が嫌で、先輩や上司の業務を積極的にサポートし、依頼された仕事は可能な範囲で引き受けてまいりました。しかし、ある時、体調が優れない上司を積極的に手伝うことに対し、「甘やかすのは良くない」とある職員から指摘されたことがあります。

    その職員は以前、「手伝いが必要なら声をかけて」と言っていた人物でした。上司が自分ではなく私に頼った(あるいは私が率先して動いた)ことが気に入らなかったのかは定かではありませんが、その矛盾した発言に私は強い苛立ちを覚えました。

    上司は体調不良で入院をしたり、職場で倒れることもあったため、本来であれば休職が必要な状態でした。そのような深刻な状況下での「甘やかし」という発言には、痛ましい状況にある上司への思いやりが全く感じられませんでした。

    私はその指摘には従わずサポートを続けたところ、顔を合わせる度に小言をいわれるようになってしまいました。


  • 教員との連携と負担: 事務職員が伝えるべきことを教員の方にお願いし、代わりに伝達してもらっている様子を目にして、私立大学時代との文化の違いに驚きました。私立大学で事務職員や秘書が担っていた仕事を、勤務先の国立大学では教員自らがこなしているケースもあり、本来の研究に費やす時間が少なくなってしまうのではないかと心配になりました。

    一方で、国立大学の先生方にはお話好きな方が多い印象を受けました。業務中に雑談を交わしながら交流する機会が多く、そのおかげで先生方との心の壁がなくなり、円滑に連携できるようになりました。連絡が取れないときは、直接研究室へ足を運ぶこともしばしばありました。

  • 心強い存在: 中には、私立大学時代の先輩を思い起こさせるような職員もおり、その方の部署はみんなで協力して作業をする体制ができていました。私にとっては非常に心強い存在でしたが、その方の真面目できちんとした性格ゆえか、苦手意識を持つ職員も少なくなかったようです。


これほど大変な経験を重ねても、「また大学という場所で働きたい」と強く思えるほど、私にとって大学職員の仕事は大きな魅力を持っています。

Part.3では、大学の非常勤事務員として渡り鳥のように様々な職場で働き続けるために、私がどのように考え、行動し、評価を得ていったのか、具体的な仕事への取り組み方について掘り下げてみたいと思います。